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2016.11.13 |  Design

kacikaが考えるデザインのあり方 vol.1

まずデザインとは見栄えをよくしたり装飾を施すだけの表層的なことでは決してありません。もちろん魅力的な造形を作ることはデザイナーの役目には違いないのですが、それはあくまでデザインのうちの最終的なアウトプットの段階にしか過ぎません。最近ではデザインに対する重要性が注目されつつあり、「デザイン・シンキング」や「デザイン・マネジメント」などといった単語を目にする機会も多い時代となってきました。しかし、いまだにこの「デザイン」というものに対して誤解をされている部分が多いとも感じています。今回はそんな中でもう一度デザインとはどういうものであるべきかを考えてみたいと思います。



デザインとはより正しく伝えること


デザインとは「より正しく伝える」ことである。

例えばいまあなたの目の前にチョコレートがあるとします。高級なものではなくコンビニやスーパーにも置いてあるごく普通のチョコレートです。ではそれをあなたが実際に食べた上で、「それがどんなものであったかを言葉で詳細に説明してください」と言われたらどうしますか?まずはそれが「チョコレート」であることを伝えますよね。チョコレートは一般的に普及しているものなので、これだけでも大部分な意味は伝わるでしょう。次は味でしょうか。「甘い」「少しだけほろ苦い」「ラム酒の味が混ざった」といった感じでしょうか。では次に香りは?甘い香りでしょうか、それとも無臭でしょうか?形は?食感は?手触りは?・・・どうでしょう、ただのチョコレートでも詳細に説明しようとするとけっこう苦労するのではないでしょうか。


さて、いまあなたが説明しようとした行為こそが「より正しく伝える」デザインそのものです。先ほどの説明でまずあなたがチョコレートではなく「キャンディ」と言っていたらどうなっていたでしょうか。後で何をどう説明してもそれがチョコレートであるとわかる人はいないでしょう。味においても「甘い」と「苦い」では同じチョコレートでも印象が全く違いますよね。これがチョコのパッケージだと考えるとわかりやすいでしょう。甘くておいしいチョコレートを買いにきた人が、「キャンディのような袋で、しかも酸っぱそうな色」のパッケージに手を伸ばすでしょうか。おそらくそれがチョコレートだと認識すらされないでしょう。


チョコレートを説明すること=デザインの説明図

このように、デザインとはそのモノが持つ情報をより正しく人に伝えるためのコミュニケーションであると私は考えます。さきほどのパッケージのようなグラフィックデザインだけでなく、プロダクト、WEB、ファッション、建築、ブランディングといったデザインの領域が違っていても共通して存在する概念であるはずです。


「正しく伝える」ということは、言ってしまえば簡単なように聞こえます。ですが「より正しく伝える」ためにはそのモノを余すことなく知り尽くしていなければ絶対にできません。だからこそ私たちデザイナーは形として表現する前に、そのモノの本質へ少しでも近づくため、経営であったり流通であったり消費者心理であったり、各領域に十分に踏み込むべきであると考えます。
しかしいまこれができるデザイナーは限られてくるというのが日本のデザイン業界の現状です。これに一番に代表されるデザイナーはドラフトの宮田識さんでしょうか。宮田識さんは「いいデザインをつくるためにもっと根幹から関わっていく」という手法をいち早く確立された方で、自身のデザイン事務所と平行に自社プロダクトブランド「D-BROS」を設立・運営されている方です。「自ら作り自ら売ることで見えてくるものがある」と宮田識さんは言います。
(下記写真:D-BROS参照)


D-BROS商品イメージ

これからのデザイナーはクリエイティブ面だけでなく経営リテラシーも備えていかなければならない状況にあると私は考えています。




デザインとは新しい価値を提供すること


デザインとは「新しい価値を提供」することである。

新しい価値を提供できるかどうか、これも良いデザインの重要な要素であることは間違いないでしょう。ここで言う「新しい」とは決して誰も見たことも聞いたこともないようなモノではありません。そんなものを作ったとしても誰も理解してくれないでしょう。では一体どういうことか、それは「人々の共通意識の部分にあってまだ認識されていないもの」ということです。どこかで見たような光景、どこかで聞いたような音、どこかで体験したような感覚、どこか不便だなぁと感じる感覚、これらの大多数の人間が意識せずともなんとなく共通して感じている部分にスポットを当てて、明確な形として表現する。または今まで存在していたモノを違った角度からの切り口で提案する。これがデザインで言う「新しい価値の提供」です。
では「新しい価値」を見つけるためにはどうしたらいいのでしょうか。人が普段意識していない部分を探すわけですから、見つけようと思ってもそう簡単に見つけられるものではありません。そのためには常日頃からの観察力を鍛える必要があります。例えば朝の通勤中に通りかかった公園に咲いている花が今日は枯れていないかどうか、車の交通量がいつもより多いのは夕方から雨予報のせいだろうとか、どんなに些細な違いでも意識して見つけられるようにしておく必要があります。そういった観察力を常に養うことで今まで見えなかったモノ、見つけられなかったモノが形として捉えられるようになるはずです。



良いデザインの定義は人によって変わる相対的なものです。万人ウケするデザインは存在しないし、仮に存在したとしてそれはもうデザインを超えた領域であるかもしれません。しかし、だからと言って考えなくて良いということでは決してないはずです。デザインに対する意識を変えてみる、もう一度考えてみることで今までとはまた違ったモノの見方ができるようになるはずです。ここで述べたデザインのあり方についても私個人が考えるデザインのほんの一部にしか過ぎません。デザインとはそれほどに定義の広い行為です。だからこそ、その定義を少しでも世間に認識してもらうことは、私たちデザイナーのおこがましくも絶対の義務であるとさえ考えています。これからこのブログを通して、少しづつデザインに対する私の考えを書き記していこうと思います。そして少しでも福岡の、日本のデザイン水準の向上に繋がれば幸いです。